『個人的バックハンド革命』勃発! ベテランプレーヤーの悩みを一手に引受けた ドデカ超軽量【prince X 115】というクスリ

Howard Head「できない」を「できる!」にする発想が「プリンススピリット」
〜 テニスプレーヤーとは、悩み多き彷徨い人 〜

ハワード・ヘッド

4年前の2018年7月の当コラムに「過去の常識を打ち破る」「新しい常識はプリンスが作る」という記事を書きました。なにしろ、ラケットブランドとしての成り立ち自体が非常識だったんですから……。

いまではみなさんが当たり前に使っている「デカラケ」は、プリンスラケットの創始者であるハワード・ヘッドが、「ラケットが小さすぎて、うまくテニスできない」っていうストレスから、自分用に作ってしまった「エゴ・モデル」です。

でもそれと同じ悩みを抱える初級者が世界じゅうにワンサカいたもんで、大ヒットとなり、テニスラケットの常識を覆してしまいました。プリンスが生んだデカラケは「みんなが楽しくプレーできるラケット」として認められ、それによって世界的な大テニスブームを生んだのです。言ってみれば、プリンスのデカラケがなければ1980年代の大テニスブームは存在せず、テニスラケットの進化ははるかに遅れていたわけです。

そしてその後も、「プリンスラケットのビックリポン」は繰り返されます。前号でも話した「スカスカ大孔ラケット」は、製造方法のイノベーションから生み出され、世界中のラケット業界にまん延していた「みんな似たようなラケット症候群」に、常識破壊というカンフル剤をブチ込みました。残念ながら、他が付いてこられなくて、プリンスの独走状態が続いていますが、先進テクノロジーは「いつもプリンスから」!
これらは、プリンスというブランドの「フロンティア精神」の象徴です。

そして4年前、プリンスはまたやってくれたのです。あの、シャフトが捩れちゃってる不思議なラケット【prince X】にもっとも驚いたのは、他ラケットメーカーであり、この筆者でもありました。だいたい「従来の製造方法では絶対に不可能」なんです。あんなにシャフトが捩れちゃってると「加熱成型が完了しても金型から抜けない」。これを説明するには、製造工程を細かく説明しないといけないので、ここでは割愛して……とにかく「たいへんっ!」とだけ言っておきます。

他のメーカーは、絶対に「こんなことに手を染めない」はずです。でも、プリンスには「他人がやらないことをやる」という気風があり、グロメットレス【MORE】や、大孔【O3】でも製造工程イノベーションを突破してきているため…… やっぱりやっちゃうんですね。

「できない」をそのままにしておかない……それがプリンススピリットだと思います。そのスピリットが、見事に一般プレーヤーの悩みとシンクロしました。「バックハンドが苦手」という悩みは、道具でなんとかなるものじゃない……と、全プレーヤーが思っていましたが、プリンスはその壁を乗り越え、「フォアハンドのパフォーマンスはそのままに、不得意なバックハンドだけをパフォーマンスアップ」という魔法を、我々の目の前に具現化してくれました。

プレーヤーの「できない」を「できる」にした【prince X】は、ラケット製造方法の「できない」→「できる」を実現してしまったことによって誕生しました。ほぼすべてのテニスプレーヤーが、なんらかの悩みを抱えたままプレーしています。その悩みの一つが、ラケットを持ち替えることだけで解消するのですから、これはテニス界全体への貢献と言えるでしょう(ジワジワとね)。
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苦手に思っていたバックハンドのほうが楽しくなっちゃった……ってマジか!?
〜 悩みを乗り越えられたとき、開放感という光条が降り注ぐ 〜

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筆者の親しい友人が、最近、競技系モデルのラージサイズから、【prince X 115】に乗り換えたという話を聞き、実際にそのプレーを見にいきました。彼がいつも一緒に練習している女性が【prince X 115】を借りて打ってみたら、自分が気に入った以上に、周囲の仲間が「そっちのほうが断然いいですよ!」と言ってくれたので決断したのだといいます。

彼はなかなかのベテランながらも「フルスウィングしたい!」プレーヤーで、「頑張って競技系モデルを使い続けてきたけれど、これまで決まっていた打球が返ってくるようになったため、パワーアップを図りたい。だから新しいラケットを探していた」のだといいます。でもまさか、すごくデカくて、めっちゃ軽くて、なんだか捩れているラケットが、自分に適していたなんて……ちょっとショックだったようです。

しかしながら、破格の軽量さのおかげで振り始めが楽で、速い展開にも余裕を持って対応できるようになり、「こんなデカいの飛びすぎちゃうだろ?」と思っていたはずが、むしろ軽量ボディのためフルスウィングしても飛び自体は控えめになって、アウトしません。そしてシングルハンドで打つバックハンドは、打球に伸びがあるように見えました。もっと驚かされたのは、すでに【prince X 115】を持っていた女性のプレーの変わりようです。

彼女は、最後まで両手でギッチリ握るバックハンドのため、スウィング幅が制限されていて、以前はちょっと窮屈なバックハンドに、彼女は一所懸命な表情で「返して」いました。ところが【prince X 115】に持ち替えた彼女は、ボールがバックハンド側にくると、ニコニコしながら打っているのです。

「マジかっ!?」……そのくらい変わりました。コートサイドで訊いてみたら「バックハンドのほうが楽しくなっちゃった」と言うのです。これまで「守り」でしかなかった彼女のバックハンドは、弾道がやや上がり、相手ベースラインまで安定して飛んでいきます。フォームも伸び伸びした感じに変わったため、「攻撃的」なショットになっちゃいました。

つねになんらかの悩みを抱えているテニスプレーヤーにとって、「普通にできていたことが2倍に強化される」という言葉よりも、「できなかったことが、できるようになる」という言葉のほうが強く響きます。これまで「逃げる」ショットだったバックハンドが、【prince X 115】によって「攻める」ショットになったのを目撃してしまい、ラケットには、まだまだ多くの可能性がある!と実感しました。
そして、それを切り拓くのがプリンスなのだと、感心しちゃった一日でした。

考えてみれば【prince X 115】を必要とするプレーヤーって、ここにこそいたじゃん!
〜 ドデカフェイス + 超々軽量 + バックハンド活性化 〜

【prince X】は、開発段階では「あまりに特殊で奇異にも見えるため、100平方インチの1機種のみ。右利きプレーヤーだけに対応。基本的に店頭販売は行なわず、コーチが限られた生徒さんに販売する処方箋アイテムとする方針」としていましたが、2018年夏の発売時期には「100 & 105平方インチ。1カ月遅れでそれぞれ左利き用も発売」と発展していました。

それが4年のうちに【prince X 97】【prince X 105(270g)】【prince X 105(255g)】【prince X 115】と次々に発売。いまや堂々たるシリーズ展開に至っています。発売当初は「バックハンドに悩むプレーヤーのための、特殊なワクチン的アイテム」と考えていたプリンスが、それを求めるプレーヤーがあまりに多いことに驚き、急遽方針転換して「市販薬」として通常シリーズ化に踏み切り、現在に至ります。

そして、スタート時は「バックハンドを強化できる」と、弱点を補強するためのアイテムとしての存在感を持っていましたが、バックハンドに悩むのは、中上級以上の発展的希求プレーヤーのみならず、フォアに比べてバックハンドがあまりに弱い人もいるじゃないか……いやむしろ、そのほうが多いかも……。そうした意図で作ってみたら、ドンピシャでハマっちゃったのが【prince X 115】なんじゃないかなと思うんです。

ターゲットはもちろん『ベテランプレーヤー』。自然の摂理として衰えてしまうパフォーマンスを、蘇らせてくれる魔法の杖。「彼らが使うのなら、世界最軽量に挑むレベルで軽くし、振れるという満足感を残したフェイス面積を保って、バックハンド強化アイテムに仕上げる」というのが、【prince X 115】を登場させたプリンスの狙いだったような気がします。

【prince X】シリーズは、【prince X 115】を除く全モデルが ¥44,000 という価格に統一されるという、異例の価格設定です。普通は、価格というのも商品スペックの一つであり、買ってもらいたいターゲットに合わせたりもして決められるもの。それが「どれを選んでも同じ価格」というのは「悩みはどのクラスのプレーヤーも同様に持っているもの」という考えから始まっているのではないでしょうか……筆者の勝手な想像ですけど。

「どの【prince X】がベストか?」を追求する人もいるはずで、そこに価格のハードルを設けてしまうと、本当にベストなものを選べなくなる……という優しさのように感じます。たしかに高いですよ。でも、はじめに話したとおり、このラケットを形にするのは、本当にたいへんなんです。製造コストはグッと上がってしまいます。

【prince X 115】は、もうちょっと高くなっちゃいます。フレーム全体重量を「236g」に仕上げるには、フレームのシェルの厚さを、限界まで薄くしなければなりません。その状態で「壊れないようにする」には、非常に高い製造精度が必要になります。そのために、ちょっと割高になってしまうんですが、「悩み顔」を「笑顔」に変えるための『クスリ』です。きっと効きめがあるはずです!
なかには「サプリメントくらいにか感じない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、多くの方が「効くね!」と評価するクスリ。しかも、かなりの即効性のあるヤツです。

松尾高司(KAI project)

text by 松尾高司(KAI project)

1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。 試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー