「グリップ力の秘密」を知れば このソール設計の凄さがわかる!

グラスサンドを「ガシッ」と噛むソール
〜究極のグリップ性能を搭載モデル〜

TOUR PRO LITE II CG

メンテナンスが簡単ということで爆発的に増加した砂入り人工芝ですが、プレーする側にとっては、サーフェス環境はそんなに安定しているわけではありません。設置当初は、砂が人工芝の間にしっかり入り込み、砂の量はコート全面に均一ですが、使用されるにつれ人工芝が倒され、潰されることで、芝の間の砂が浮いてしまい、砂の多いところと少ないところの差が激しくなってしまいます。

そんなサーフェスでも、滑らずにしっかり喰い付いてくれるシューズはありがたいものです。某テニスショップの友人と話しているとき「プリンスの【ツアープロライト2】って、凄いグリップ力だよ! 芝にガシッと喰い込んで、動き出そうとしても動けないほど」という体験話を聞きました。
まぁ本当に動き出せないのでは困りますが、それほどソールが砂入り人工芝を噛むということで、展示会のときには見逃していたソールパターンに、目を近づけてじーっくりチェック。その秘密がわかったのです。

驚愕のグリップ力の秘密を解き明かす
〜二段式スタッドとその配列が絶妙〜

見れば見るほど「いやぁ〜、よく考えて作ったなぁ」と感心させられます。
いったいどこが違うのか……? ソール面をほぼ真横から観察すると、その仕組みに気が付くはずです。

秘密は「スパイク構造」です。一般的なクレー・砂入り人工芝兼用シューズは、「スタッド」というイボイボがビッシリ並んでいますが、横から見るとソールが「フラットな面」を作っていることがわかります。

しかし【ツアープロライト2】は、微妙に凸凹しているんです。つまり、低いスタッドと高いスタッドが混在しているわけです。この「高いスタッド」がスパイクとなって、人工芝の間に深く喰い込むせいで、グリップ力が非常に強くなるという仕掛けです。

そして、そのスパイクの配置が凄かったのです。通常、スパイクを芝の間に喰い込ませようとすれば、まばらに点在させる配置が用いられます。そのほうがスパイクが芝に喰い込みやすく、スパイク効果を感じやすいからですが、ただこうすると、スパイク1本にかかる負担がとても大きくなります。

ですからサッカースパイクはスタッドが太く・大きく、陸上競技や野球のスパイクは金属製で硬いものが用いされますね。でもテニスシューズのソールはラバー製です。

ハイスタッドを太くすれば芝の間に喰い込みにくくなり、硬くすれば、柔軟性が低すぎて折れてしまいます。効果的に喰い込ませるためには、スタッド1本1本は細めで、硬いのがいいのですが、耐久性を考慮すると、そんなに硬くはできないのが現実です。

そこでプリンスの開発者が考えたのが「細いスタッドを“群”として喰い込ませる」ことだったんです。

彼らは、ハイスタッドをとくに太くすることなく、「列にする」ことで、1本あたりの負担を少なくして耐久性を生み出しました。そしてその列について観察してみると、見事にソール各部の「蹴り出したい方向・止まりたい方向」に合わせて、列の角度を調整して配置されているのです。

さらに、蹴り出しで喰い込み感を強く感じたい「つま先の親指側」はハイスタッドも細くし、蹴り出しにも止まるのにも強く踏み付ける「つま先の小指側」はハイスタッドの耐久性を上げるため太くしています。

設計者は、ここまで考えており、よく観察すれば「偶然の産物」などでは絶対にないことがわかります。通常、ここまでソール全面について徹底的に追求して設計図が引かれることはありませんね。

長い道具記者生活の中でも、感動を覚えるくらいのソールパターン設計であり、大拍手を贈りたい気持ちです。

扁平ハニカムメッシュの方向性に注目せよ
〜アッパーの伸びと柔軟性をコントロール〜

最初にこのシューズを見たとき、正直に言うと、ちょっとガッカリでした。業界が「脱RPU」=ラバーポリウレタンのアッパー素材を離れることの方向へ動き出しているのに、逆行するようなRPUメッシュ仕様です。

しかしよく見ると、そのメッシュが単純なものではなく、細長い6角形になっていて、部分によって、その向きが違うのです。おいおい、こりゃあ、ただのメッシュじゃないぞ!

つま先部は、屈曲ラインに沿って横長6角形が配置されています。これは少しでも屈曲しやすいようにという配慮でしょう。対して中足部の内側と外側は、つま先に向かって横長6角形が並んでいます。ここの横長6角形は、紐を締めたときに多少の伸縮性を発揮させます。よりフィット性の高い履き心地を生んでくれます。

そして安定性が求められる踵部はメッシュにせず、ベタ使い。RPUの硬さを活かした構造にと、徹底した配慮ぶりなんです。今日、この価格帯でハイパフォーマンスシューズを完成させるのは至難の業ですが、製造コストのシバリがある中で、やれることはすべてやったぞ!という印象ですね。

なぜ・どこが【TOUR PRO Z II CG】と違うのか?
〜想定プレーヤーのパフォーマンスに最適化〜

これを読んでいる方の中には「そんなに優れた設計ならば、【ツアープロZ2】(=以下【Z】)にも、なぜ採用しないんだ?」と思われるかもしれません。そう……もっともな疑問です。

でもそれもすべて考えられたうえでの設計なのです。【ツアープロライト2】(=以下【ライト】)も十分なハイパフォーマンスタイプですが、中上級者レベルの踏み込みを想定して作られています……のはずです。対して【Z】は、それ以上に強い踏み込みに合わせて作られているということを,まずご承知おきください。

さて、グリップ性能ですが、踏み付ける力が強烈であればあるほど、その力自体がサーフェスをガシッと掴んでくれます。逆に弱ければ弱いほど、プレーヤー自身の踏み付け力だけでは止まりきれないので、シューズ側のグリップ力でサポートしてあげなければなりません。

もし【Z】に【ライト】のソールを装着すると、競技者たちは「止まりすぎる」という不安を感じるでしょう。だから【Z】のパターンはちょっとだけ粗く設計されているのです。

またアッパーも、同じRPU素材が使われていますが、【Z】では非常におおまかなメッシュで、柔軟性よりも伸びない堅牢さを重視した設計になっています。さらにメッシュ構造は、軽量化に貢献します。

このように、ターゲットによるパフォーマンスの違いが、【Z】と【ライト】の設計の違いに反映しているのです。【Z】のスペックダウン版が【ライト】というわけではないのです。その点において、プリンスのこの2足は、きわめて明確な棲み分けができていると言えるでしょう。

テニスショップでシューズを選ぶとき、スタイルやデザインは最後の最後の選択事項です。まず自分の現状を客観的に見て、「今の自分にとって何が必要か? 自分にどうメリットがあるか?」を第一に考え、ベストシューズをゲットしましょう。

松尾高司(KAI project)

text by 松尾高司(KAI project)

1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。 試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー