究極素材『テキストリーム』を知ればラケットの基本構造に踏み込める。「カーボンって、こんなに違うんだ!」

究極カーボン「テキストリーム」を知るために
〜カーボン40年の歴史に革命的進化〜

テキストリーム試打会の様子
プリンスが満を持して今月発売する【ファントム 100 XR-J】と【ファントム プロ 100 XR】。スマートで美しいしフォルムと、プレーヤーの感性に訴えかける打球感で注目を浴びている。
このしなやかで強靭なボディを実現させるには、夢の究極カーボン素材「テキストリーム」の登場が大きく関わっていました。

先の「楽天ジャパンオープン」の会場に設置されたプリンスブースでは、特別試打コーナーを設けて、プリンスラケットを試打してどのモデルが良かったか投票するイベントを行いました。女性プレーヤーに人気の高かったのが、ダントツで『青ハリアー』と呼ばれる【ハリアー プロ100 XR-M】。そして男性プレーヤーは【ファントム】の2機種を非常に高く評価したのです。

実際のコートでの試打ではなく、球出しマシンによる感応試打だったため、参加者が「打球フィーリング」に注目したテストとなっただけに、この最新3機種の「快感レベル」がいかに高かったかが浮き彫りにされました。
多くの方々を魅了した、特殊なカーボン『テキストリーム』とは、いったいどんな素材なのでしょう。それを知るためには、まず「カーボン素材の基本」をちょっとだけ知っていただく必要があります。

ひとくちにカーボンと言っても、カーボン繊維自体のクォリティには段階的に多くの種類があります。
この40年の間に、カーボン繊維は驚くほどの進化を遂げました。引っ張り強度、弾性率それぞれに高まったことで、少ない量で剛性や反発性能を生み出すことができ、製品となったラケットは結果的に軽量化しています。
さらに、カーボン繊維をシート状に並べたり、編んだり、編み上げたりと、ラケットに運用するための材料としての進化もありましたが、開発者たちを驚かすような劇的な進化は30年以上も認められていませんでした。
そこに登場したのが「テキストリーム」。これはカーボンクロスの革命かもしれません。

スピン系には太いシャフトが必要な理由はここにあった
〜スピンのおかげで奪われる飛びパワーを「厚さ」で補充〜

テキストリーム試打会の様子

プリンスラケットでテキストリームを採用している部分は、フェイス下部からグリップにかけてのシャフト部分です。ここにテキストリームの編み方向が「斜め45°」になるように配置すると、静的なしなり剛性は変わらないのに、捻れ剛性が25%も向上することがわかりました。
しなりがありながら、反発力が高く、満足感の高いホールド性を備えるのは、まさにテキストリームのおかげ。

現代的プレースタイルで、激しいスピンをかけるパワーヒッターは、フェイスが厚くて、シャフトが太く、ゴツい、非常に剛性の高いラケットを使います。
スピン量がさほど多くなく、直線的なスピード感や、繊細なコントロールを重視するテクニシャンタイプは、ボックス形状で薄めのフレーム、シャフトがしなりやすいラケットを使うことが多いですね。

厚くて硬いラケットは、しならないぶん、ボールとストリング面との接触時間が短くなります。水平打ち出し方向へはスピードボールが飛び出しますが、コート内に収まりにくいため、どうしてもスピンが必要になります。
接触時間が短い(球離れが早い)状態でボールにスピンをかけるには、推進方向ではなく、ボールを擦り上げるように薄く当て、上方向へ振り抜く必要があるのです。

プロレベルならば、強烈なインパクトによって激しくボールを潰すことで接触時間や接触面積を大きくすることができるのですが、一般レベルでは、どうしても擦り上げるように打つことを強いられることになり、結果的に、スピン過多でスピードのない打球になりやすい。
逆に言えば、擦れてスピードダウンしてしまうのを補うために、厚くてパワーのあるフレームが必要になってしまうわけです。

ところが、テキストリームは、しなり感がありながら、そのしなりが強く戻る特性を持つカーボン素材です。しなることでボールを掴まえ、接触を長くしてスピン性能を確保し、しなりを急激に戻すことで打球にスピードを与えることができるのです。

じつは筆者も、そのへんがよく理解できないでいました。
「しなってから、速く戻る」???
しなるときの時間よりも、しなりが戻る時間のほうが短いの? そんなはずがない……。

テキストリームを使えば、球離れのタイミングに確実にシンクロ
〜シャフトを太くしないから、球持ちが長いのに飛ぶ〜

テキストリーム
しかしあるとき、1枚の写真を思い出して「ピンッ」ときたのです。
その写真というのは、しなりが大きいラケットを使うプロのインパクトの瞬間……というか、ボールがまさにストリング面から離れた直後の場面です。
でもボールはストリング面から離れてしまっているのに、フレームはまだ後ろへしなっています。

つまり、フレームがしなって、その戻るパワーでボールを弾き返すのではなく、プレーヤーのスイング力だけで押し出しているのです。
もちろんこれは、ずいぶん以前の、しなりが大きくなってしまう時代のラケットではありますが、この時間をもっと縮めたのが、現代ラケットということができるでしょう。
ということは、少なからず、しなりの戻りが、ボールの弾き出しよりも遅れるという現象は起こっているのではないでしょうか。

そこで、ひらめきました。
テキストリーム搭載のラケットを試打したプレーヤーたちが「しなってから、速く戻る」と語るのは、ボールが離れるタイミングと、フレームがしなりから戻るタイミングがうまく一致することを言っているのではないだろうか?
だからパワーロスが小さいと感じるのではないだろうか!
これは、厚ラケが小さな力でも、わずかなしなりが戻るタイミングと一致することで反発力を大きくする理屈と、とてもよく似ています。テキストリームを使えば、シャフトを太くゴツくしなくても、厚ラケのような反発システムを利用できるということです。

では、どうして「速く戻る」のでしょうか?
先に「テキストリームの捻れ剛性は25%も高い」と記しましたが、その「捻れの少なさ」がフレームから力が逃げるのを防いでくれるおかげで、しなってから真っ直ぐに速く戻るのではないかとイメージできたし、理屈的にも間違っていないと思います。

つまりテキストリームという存在が、シャフトをスマートなままで、捻れを小さくして、しなり戻りの高速化を実現してくれたのです。だから、ラケットに詳しい人ほど、テキストリームの存在価値の高さを理解できるのでしょうね。

ラケットに使われるカーボンの世界を覗く!
〜テキストリームが夢の材料という理由がわかる〜

ここでちょっと、「ラケットに使われるカーボン素材」について説明しましょう。
カーボンシートは、大きく分けて3つ。
もっとも多用されるのは、一定方向に並べたカーボン繊維のシートを斜めに切ったもの(プリプレグ)で、カーボンの反発性能を表現しやすいとされます。フレームに使うときは、カーボンが走る角度が違うプリプレグを積層することで、多方向への強度を出すカーボン積層構造とします。ただし、丸めた端は重なり、カーボン繊維は連続していないため、打感の雑味も出やすくなるのです。

ちょっと特殊なのが、カーボン繊維を束にして、それを縦横、あるいは3軸方向に編んだ「カーボンクロス」で、それ一枚で多方向への強度を期待できます。ただし、カーボンを束にして編むため、束と束の間の隙間が大きくなり、その間を埋める樹脂の量が多くなって、重くなり、打感の雑味が増す傾向もあります。

もっと特殊なのが、カーボン繊維の束を「紐状」に編み上げる筒(ブレイド)で、シートを丸めて筒にするのではなく、編み上がりがすでに筒になっているため、どこにも継ぎ目がなく、打感の雑味や振動の原因を抑えることができます。
当然、ブレイドがいちばん高価で、製法も難しくなるため、これまでは特殊な貴重素材として扱われてきました。
しかし、最高級とされてきたブレイドカーボンにも欠点があるのです。
製法上、カーボン層を積み重ねて作った筒に、このブレイドを被せていく工程で、編んであるカーボンの繊維が歪み、仕上がりでは、きれいに真っ直ぐな状態で並びにくい点が挙げられます。
カーボンというのは、真っ直ぐな状態で使われたときに、もっともその性質を発揮しやすく、ウネウネに曲がった状態では、反発性能を存分に発揮させることは難しい。こうしたカーボンの性質に注目すれば、むしろプリプレグのほうが、むしろ性能的個性を発揮させやすいとも言えます。

さて、そこでこのテキストリームです。これは「プリプレグ:性能コントロールの自在さ」と「クロス:強度と振動減衰性の高さ」の両方を併せ持つ素材と言えるでしょう。
隙間なく、薄くカーボン繊維を並べた2cm幅のリボンを、90度でクロスさせて編み上げた、きわめて特殊なカーボンクロスです。
カーボン繊維を隙間なくきれいに並べることで繊維間の樹脂量を抑え、その2cm 幅リボンをビシッと編み込むことで、まるでクロスのような多方向強度と振動減衰性を持たせることができます。

リボンの状態を想像しにくい方は、「シャープペンシルの芯を隙間なく並べた絵」を思い描くといいでしょう。その状態でカーボン繊維をきれいに並べるからカーボン同士を接着するための樹脂が少なくてすむ。
つまり、同じ面積・厚さのシートでも、カーボン繊維の純度が非常に高くなるわけです。そうした高い精度でテキストリームは作られています。

あらゆる分野で採用されている超高級素材
〜0.1秒を競り勝つためにテキストリームのメリットを〜

テキストリームは、スウェーデンの『オーキシン社』が特許を持ち、世界でも彼らしか作ることができず、素材輸送の間も、保温・保湿状態を完全管理されるという、超高級素材です。
こんな超高性能カーボン素材であるテキストリームは、F1のマシンに使われ出し、最初は数チームだけでしたが、今では半分以上のチームがテキストリームをボディなどに採用しています。
またヨットレースのアメリカズカップのマストやボディの一部に使われてもいます。優勝したアメリカチームのカタマランにも、テキストリームが使用されている。

エネルギーロスの少なさや軽量で高強度を維持できる最先端カーボンは、驚くほど精密で高性能、まさに夢のカーボン素材なのです。ただし非常に高価なため、誰でもが使えるものではありません。オリンピックの自転車競技やボブスレーなど、「0.1秒でも速く走れるなら、いくらお金がかかってもいい」というスピードレースで、一般カーボンとの歴然とした差を見せつけるのです。

ちなみにテキストリームは、各競技カテゴリーで1社しか使うことができません。
テニスではプリンスしかテキストリームを使うことはできないのです。

松尾高司(KAI project)

text by 松尾高司(KAI project)

1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。 試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー