「これでいいのだ!」【TOUR PRO LITE】はブランドになる

「いいもの」が「長く売り続けられていた」時代があった
〜 伝統として残り続けるものの『力』 〜

かつてラケットが木でできていた頃、各メーカーに有名モデルがあり、それはずっと同じモデルとして売られてきました。新入生の頃は「あの先輩が使っているラケットってカッコいいよなぁ~。いつかボクもあれを使えるようになりたい!」っていうような「憧れ」が存在していたましたよね。

世界のトッププロが使うラケットもウッド製で、基本的には市販モデルと同じものでしたから、それを手にすることで、自分が「憧れ」に一歩近づけたような錯覚もありました。

ウッドラケットは「工芸品」と呼んでもおかしくないほどの手間をかけて製造されていました。現代のラケットよりも、はるかに「人の手によって」作られていたんです。だから、一度完成したモデルは、簡単に仕様変更されず、すくなくとも数年間は「まったく同じモデル」が店頭に並んでいました。人気モデルは「ずっと同じ顔」で売られていて、ときにはそれ自体がブランドとして成立するくらいのものもありました。

「それじゃ、どんどん増えちゃうじゃないか!」という声もあるでしょうが、人気モデルでないものは「翌年には消えていく」ため、ずっと「そのままの顔でいる」人気モデルは、ますますブランド性は強くなるのでした。

そもそも、完成度が高いモデルのどこに「変更されるべき必要」があるのでしょうか?
根本的な性能革命が起こり、「従来とはまるで違う世界」への進化は、大きな価値がある。プリンスの「デカラケ」「長ラケ」は、まさにイノベーションであり、テニスラケットの世界観を土台からひっくり返しました。そしてその思想は、数十年経った今なお、確実に受け継がれているのです。

現在のテニス道具市場は、つねに「ニューモデル」が求められるようになりました。新しいものは間違いなく進歩しているものとして受け取られ、2〜3年前のモデルは「古い道具」みたいに扱われますね。

はたしてそうなのでしょうか?
新しいものは、すべてテニス愛好家にとって「いいもの」に間違いないの?
そんなに「ニューモデル」と「旧モデル」って、違うの?

「ほんのわずかな改善」のために、次から次へとモデルチェンジに追い立てられる開発者もたいへんです。ひとつのモデルチェンジを完了した時点で、2年後の次作に取りかからなければならず、それが数モデルにわたって重なっている状態です。そんなですから「まるで新しい技術」に挑んでいる余裕なんかないんです。

現行モデルに「満足しているユーザー」がいて、「これをこのまま使い続けたい」と願うユーザーだっています。次のモデルがもっと気に入るかもしれませんが、まるで逆になってしまうかもしれない……。どうしても同じモデルを使いたいと思ったら、2つ3つの「買いだめ」をしなければなりません。

筆者が考える限り、こうした傾向は「小売店鋪からの要望が強かった」ように感じています。同じ商品がずっと並んでいると、見慣れた「風景」になってしまい、店頭にフレッシュ感がない。小売店にとっては「店頭に置いているだけで売れていく商品」ほどありがたいものはありません。そのためには「新しい商品」をほしがる……という感じかな。でもいまや、クルマも電化製品も、すべての商品が「新しいものに価値がある」という価値基準ができてしまっていますけどね。

良いものを無理矢理に変える必要などない!
〜 「新しいイメージ」があれば、それでいいじゃん 〜

テニスでは「消耗品」である、シューズについて考えてみましょう。テニスシューズに限らずアスレチックシューズ全体が、性能的には行き着くところまで来ているような気がします。だから一般には「ローテクシューズ」が売れていますよね。進歩に逆行しているんです。

数年前の「厚底ランニングシューズ」のようなブレイクスルーは、そう簡単に生まれるものではありません。定番商品がどっしり鎮座して、売上を安定させてくれて初めて「冒険モデル」に挑める……余裕があってこその冒険です。

でもいまや、大手メーカーでも安易に冒険はできない時代。
逆に考えれば、安定して売れているのに、なぜ無理矢理にモデルチェンジしなければならないのか?
それがユーザーのためになっているのか? と考えてしまいます。

プリンスには【GRAPHITE】という財産がありますね。発売から45年たっても愛好者はとても多いです。だからこそ、いまなおラインナップに残されているんです。プリンスの「遺産主義」でもなんでもない。「売れているから・欲している人たちがいるから残されている」んです。

時代によってわずかな色付けを施されながらも、【GRAPHITE】の根本は変わらず生き続けています。『いいものは残る』んです。逆に「そうでなければいけない」!
新しいほうが「かならずいい」ってわけじゃないし、永遠にこれを使い続けたい!って人だっているんです。なのに、モデルチェンジによって「使い続けることができない」状況に追い込まれているユーザーもたくさんいます。

先述のとおり、テニスシューズの世界も、現時点での「進歩の到達点」に近いところまできています。劇的なテクノロジー革命や新素材の登場がないのに、なんか無理して「新しい!」に縛られる必要はないじゃないかと思います。

「改良の必要がないもの」だってあると思いませんか?

【TOUR PRO LITE】に「いじるべき点」なし……
 〜 プリンスが踏み切った「大英断」 〜

ここに注目すべきモデルがあります。プリンス【TOUR PRO LITE】は、2015年に登場したモデルですが、2019年の「ニットタイプ」になってから雰囲気がガラッと変わって、流行の「ニット素材系アッパー」が導入されたため「ニットで柔らかそう」って印象を与える外観ですが、じつは「メッシュ+RPU」製のアッパーよりも、はるかに全体的にしっかりしているんです。

現在のテニスシューズは、メッシュの軽さと柔軟さを、伸縮の少ないRPU(ラバーポリウレタン)で補強するスタイルがほとんどですが、【TOUR PRO LITE】は、ニット素材の下に隠されている基材が全体的に足を包み、部分的な強弱なく、足まるごとを高い安定性で支えてくれます。

もちろん、どうしても必要な部位には、さらにRPUの補強パーツが用いられていますが、その使用割合は限界まで少なく抑えられています……というか「それで十分」なくらい、全体がガッチリしているんです。

それでいて「軽い」。プリンスを愛用するプロ選手も「トーナメントで安心して使えるしっかりさを持っているのに軽い。試合中の機動力が強化されて、疲労感も少ない」と高い評価を与えています。

もうこれで「変わらなくていい」んです。いや、むしろ変えてほしくないんです。「これがいい!」という声に応えて、プリンスはこの商品に対して「評価されているものは、長く売り続けていく」という方針を打ち出しました。

2019年秋に「紺/赤」という非常にインパクトの強いアッパーデザインで登場した【TOUR PRO LITE】は、翌2020年に同じデザインパターンで色違いの「赤/白」という、やっぱり「過激な」デザイン性が引き継がれました。

ところが次のカラーチェンジでは一転して「黒/グレー」という落ち着いたトーン。続けざまに投入されたのが「白/ライトグレー(ソールのオレンジ色が印象的)」の明るいトーン。この2つのカラーで、「履いてみようかな」というユーザーが一気に増えたんじゃないでしょうか。それまでも「興味はあったけど、デザインが派手すぎて……」という人にとって、ちょっとテニスシューズらしくないカラー(黒/グレー)と、いかにもテニスシューズらしいカラー(白/オレンジ)がウケたんだと思います。

そして次が「黒/深青」とシックなイメージ。ここに至ると「シューズは色で選ぶ」と言っていた人も、「このモデルに限っては何色でもいいや!」という感じになってきました。「これでいい」→「これがいい」に変わってきたんです。

そしてダーク → 明るい → ダーク……というカラーチェンジの順番(?)に従って、2023年春の【TOUR PRO LITE VII】は「白/ライトグレー」ということで【TOUR PRO LITE V】と同じかと思いきや、ライトグレーはもっと白に近く、しかもお馴染みのパターンとは違うデザインに衣替え。しかも今回は、ソールに「グレー/ミントグリーン」のマーブル模様。【TOUR PRO Z V】のような感じです。なんか、ずいぶんと違ったイメージですよ。

筆者は個人的に、このモデルが大好きで「変わらないでほしい」と願っていたうちのひとりですから、「カラーチェンジだけで継続する」というプリンスの決断には大拍手を贈りたいです。

『これで、いいのダ!』
……いや、
『これが、いいのダ!』

松尾高司(KAI project)

text by 松尾高司(KAI project)

1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。 試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー