カタログで「スウィングウェイト」を表示している唯一のメーカー【プリンス】が「信頼できる!」とされる理由(わけ)

カタログにある「バランス」って、どういうことでしょう?
〜伝統的スペック表記は、あまり意味がなくなってきている〜

Balance Point

もしかしたらラケットを選ぶときだけかもしれませんが、みなさんはカタログにある「バランス」という文字に目をやる機会があると思います。昔からどのメーカーのカタログにも表記されている「バランス」とはいったい何でしょう?

これは、ラケットを横たえたとき、トップ側とグリップ側との間の「どこで」バランスが釣り合うかを示す数値です。もっと具体的に言うと、釣り合ったバランスポイントと、グリップエンドとの間の「長さ」を数字で表わしたものなのです。たとえば「バランス:310mm」ということは、グリップエンドから310mmのところが「支点」となって、トップ側とグリップ側が釣り合うラケットということです。この「支点」という言葉は、後に重要になってきますので、覚えておいてください。

この数値は「大きいほど、先が重い」「小さいほど、先が軽い」ということで、長い間、ラケットの振りやすさを示す基準とされてきましたが、最近では捉え方が大きく変わってきています。カタログのバランス値は、あくまで、そのラケットの静的バランスを示すもので、ラケット選びのためのデータ的価値はどんどん薄れてきていると言っていいでしょう。

ウッドラケットの時代は、こうしたバランス表記さえ、しているものはほとんどありませんでした。筆者が知るかぎり、ヨーロッパの1メーカーだけが、各フレームにバランスポイントの数値を刻印していましたが、あとはテニスショップに簡易的な計測器で測って、「先重」「先軽」を判別していたのです。

ついでに話しておきますが、当時は、1モデルにも重さの幅があり、「H」「M」「LM」「L」「SL」など、重さを段階化して表示し、さらに4 X/8インチのXをグリップサイズとし、「5」「4」「3」「2」などの数字と併せ、「L4」とか「SL3」という表記がなされていました。

しかしフレームのカーボン化が進むことで、完成重量を狙って調整しやすくなったため、1モデル=1重量スペックというように、ファミリー化したラインナップが組まれるようになり、同一デザインで、わずかに違いを付けているラインナップがズラッと並ぶようになりました。これがカタログで、モデルごとに重量やバランスを表記するようになったきっかけです。メーカーにとっては、こうして別モデルとして扱うことで、より多くの展示スペースを奪おうという戦略でもありますね。

ところがプリンスのホームページでメインモデルのラインナップを見てください。モデル名の表記がきわめて特殊です。同一モデルには、まったく同じ名を与え、カッコ付きでフレーム重量を表示しています。昔のラケットを知っている筆者には、なんだか懐かしい感覚が蘇ります。でも選ぶ側にとっては、こっちのほうがわかりやすいと思いませんか? メーカーとして誠実なやり方のような気がします。このコラムを担当させてもらっているから、ヨイショしているわけではありません。奥ゆかしい人柄……ならぬ「メーカー柄」を感じさせます。

スウィングウェイトっていったい何だろう?
〜実際に体感する「動的バランス」〜

さて、話を元に戻しましょう。従来のバランスポイント(静的バランスポイント)は、それなりに振りやすさの指標となってきましたが、あくまで「先側の重さ:グリップ側の重さ」が釣り合った位置を示すに過ぎません。「過ぎない」というのは、バランス表示のマジックがあるからです。

たとえば、いまここに「重量300g、バランス320mm」のラケットがあるとします。このフレームのトップとグリップエンドに10gずつの鉛テープを貼ると、「重量320g、バランス320mm」のラケットとなり、バランスはまったく変化しません。さて、スウィングしたとき、まったく同じ感覚で振れると思いますか?

答は「NO」です。ラケットを主体とした場合、スウィングにおける支点=動的支点は、フレームの中程ではなく、明らかにグリップ位置です。そうなると、グリップエンドに仕込んだ+10gは、動的支点にきわめて近いためにあまり影響を与えず、トップに仕込んだ+10gが、スウィングをズッシリと重く感じさせることになるのです。

つまり、静的バランスは同じでも、スウィングのしやすさは変わるため、旧来のバランス表記は「スウィングのしやすさ」を表わすものではない……ということになるのです。そこで使われ出したのが『スウィングウェイト』=動的バランス=慣性モーメントという観点であり、単位は「kg・cm2」で示されます。

これはグリップの握り部分を支点としたときの、スウィング動作における慣性モーメント。数値が大きいほど先重で、スウィングにより大きな力を必要とし、小さいほどスウィングしやすいと扱われます。言ってみれば、これが「体感するラケットの重さ」であり、この数字がなければ「スウィングしやすさ」を推し量ることはできないわけですね。そのため、近年では、『スウィングウェイト計測器』を備えているプロショップが増えてきています。

さて、そうなると「スウィングしにくいより、軽く感じてスウィングしやすいほうがいいだろう」と安易に考えてしまう方がいるかもしれませんが、スウィングウェイトが小さすぎると、打ち出す打球にパワーを与えにくくなり、高速の打球を放つことがむずかしくなります。逆にスウィングウェイト値が大きすぎると、打球にパワーを載せやすいのですが、スウィングし始めるのにより大きな力が必要となり、足りないと、振り遅れたり、疲労が大きくなります。

こうした「スウィングのしやすさ:打球へのパワー」の釣り合いは、個人によって違い、自分にとって、どのくらいのスウィングウェイトが適しているのかを知っておくと、ラケット選びの際、迅速に理想のラケットへ到達することができるわけです。残念ながら、その表記をしているのは「プリンス」しかありません。もちろん±の誤差はありますが、プリンスのカタログスペックを見れば、自分はどのモデルを選ぶべきかを、意外に簡単に絞り込むことができるわけです。

もちろんプリンスからも測定器は発売されており、多くのショップがこの【SW-1000】を導入しています。ただ、店にあるからといって、勝手に触ってはいけませんよ。計測には微妙なセッティングのコツが必要であり、それを知らない素人が行なうと、間違った数値が表示されてしまうことがあります。かならず、正しい測定法を知るプロの手に委ねるべきです。

なぜプリンスだけがスウィングウェイトを表示するのか?
〜測定も調整も、とてもめんどくさい作業だから〜

Swing Machine

いまやテニス専門店において、スウィングウェイトはラケット選びにとても重要なスペック要素となっています。たとえば同じラケットを2本持ち込み、「スペックを揃えてください」というカスタマイズを依頼されるとき、揃えるのは「重量」「静的バランス」「スウィングウェイト」の3要素です。このとき、「軽いほうに揃える」はできません。かならず「重いほうに揃える」ことになるので、了解しておいてくださいね。

この3要素を揃えるのは、じつは非常にむずかしいことなのです。どれか1要素を変えると、かならず別の2要素に影響してきます。ですからプロのストリンガーでも、カスタマイズ調整するには、重量・バランスに関する知識とノウハウが必要なのです。言ってみれば、これができるストリンガーは、技術的熟練度・信頼度が高いストリンガーでしょう。

では、なぜ各メーカーがスウィングウェイトを表示しないかという問題ですが、これを行なうには、製造工程の最終段階で、とても面倒な作業を強いられるため、どの工場もやりたがらないのです。どういうことかというと、通常は、塗装を完了したフレームにグロメットが装着されると、グリップを巻く前に「バランス調整」の作業となります。これは、限られた範囲内の鉛のオモリをグリップ内にセットして、静的バランスを規定値内に収めることなのですが、そんなに面倒な作業ではありません。熟練の工員の手にかかれば、1本あたり、ものの10秒もかかりません。

ところが、スウィングウェイトまで規定値内に入れるということになると、一気に難度が増し、どうしても作業に時間がかかります。しかもそれ以前に、フレーム製造過程での高精度成型技術によって、バランス調整を「微妙な調整の範囲内」に抑える必要があるのです。通常のメーカーは、製造工場が嫌がることを、あまり強要しません。ですから、スウィングウェイトの調整はせず「店頭で測ってください」ということになるわけです。

これが「カタログにスウィングウェイトの表示がない理由」なのですが、プリンスだけは、あえてやっています。それは先にも述べたとおり、プレーヤーが自分に適したラケットを選びやすくするという心配りをしているからでしょう。プロの目から見ると、こういうところがプリンスと他社との違いとして映るわけです。

「スウィングウェイトがすべて」ではないと知ろう
〜あくまで一つの指標として参考に〜

こうなると「スウィングウェイト至上主義」と感じてしまう方がいるかもしれませんが、厳密に言えば、それは間違いです。スウィングウェイトも、ラケットの性能を知るための参考データの一つと考えるべきでしょう。

スウィングウェイトが一致していれば、同じ打球感覚・打球性能を得られるというわけではありません。ですから「スウィングウェイトがすべてで、フレームの重量は関係ない」と考えるのは違いますね。スウィングウェイトは、あくまでラケットを主体とした便宜的な計測値です。

ここで「支点」という言葉を思い出してください。スウィングウェイト計測器で支点となるのは「グリップ部」です。しかし、実際のスウィング動作で支点となるのは、グリップではなく「手首」です。ですから、いくら支点に近いといっても、グリップ内の加重は無視できないのです。

さらに言うなら、現実のスウィング動作には「肘」も支点であり、「肩」も支点……、たくさんの動作支点があるのです。スウィングはその連携によって実現し、最終的にラケットのストリング面がボールを捉えます。肩が支点となれば、たとえスウィングウェイトが同じであっても、フレーム重量が違えばスウィング感覚・打球感覚が違ってくることはわかりますね。

スウィングウェイトは、ラケット史上、もっとも優秀なパフォーマンス指標であると思います。このおかげで、ラケット選びやカスタマイズの精度が向上しました。ただ、それだけの偏重主義になるべきではないとご理解ください。テニスの試合は「終わってナンボ」、ラケットは「使ってナンボ」ですから。

松尾高司(KAI project)

text by 松尾高司(KAI project)

1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。 試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー