ワイドなのにフィットするって何? 違うんです…… キツキツばかりがフィットじゃない!
『楽』『柔』『軽』『サポート』の超バランス

タイトなシューズが主流の時代に、あえてワイドを生む理由とは?
〜「シニア」や「ラクにテニスを楽しみたい」プレーヤーのため〜

BEAST
テニスシューズに限らず、近年は明らかな「タイト系シューズ」が主流です。それは、若い世代の足型が細身に変化してきたことと、競技系プレーヤーが「安定性」を重視するところから、タイトフィットが適していると訴えられているためです。

プリンスからも、競技系プレーヤーに向けて、徹底的にムダを削ぎ取り、そのマージンを利用して安定性や迅速な反応を生み出すシステムを搭載したシューズ、【ツアープロZ III】をトップモデルに据えていますし、その競技志向を継承しつつ、もう少しだけ楽で、軽快なモデルである【ツアープロライト III】も提供しています。

しかし、すべてのプレーヤーが「足幅が狭い」わけではありません。シニアには「幅広・甲高」、いわゆる「ダンビロ」の方が少なくありませんし、テニスにおけるシニアプレーヤーの数は、決して少なくありません。そうしたプレーヤーのために「ちゃんとしたワイド設計のシューズを作りたい」というのが、プリンスのテニスシューズ企画に持ち上がったのです。

ハイエンドの競技志向モデルは、言ってみれば「戦闘用バトルブーツ」で、機敏で強烈なフットワークで戦うプレーヤーにとって、激しい横への動きを支えてくれて、かつ踏み込んでから蹴り出すまでのレスポンスが速く、しかもそのエネルギー効率が高くて、プレーパフォーマンスに反映する武器です。戦闘者たちは、そのパフォーマンスを発揮させるためなら、楽で快適なんてことは要求しません。

でも、そうした競技場面とは対極にある「週末にテニスを楽しみたい」というライフスタイルには、長い時間履いていても足が辛くならなくて、快適なクッションがあって、軽いテニスシューズも必要なのです。しかも、足幅が広いプレーヤーには、昨今のテニスシューズの幅狭傾向には、危機感を覚えずにはいられないわけです。

ですからプリンスでは「安全でありながら快適、長時間履いていても辛くない……ちゃんとしたワイドを作ろう」ということになったのです。

踵部をしっかりホールドするからこそ、つま先に余裕を作ることができた
〜ガバガバなワイド設計とは根本的に違う「フィット&ワイド」〜

「ちゃんとしたワイド……? どういうこと?」
一般的にワイド設計というと、全体的に幅広設計で、普通の足幅の人が履くと、どんなにきつくヒモを締めても「ガバガバ」という印象になってしまいますが、本当のワイド設計に必要なのは「前足部が楽な感じ」であって、踵周りはしっかりと包み込んであげて、シューズが足にフィットする感覚を創り出していくことなのです。

また「楽なシューズ」には、ソールが厚くて、フワフワな感触があり、履き口は厚いパッドでくるんでくれる……みたいな印象がありました。でもこれは、はっきり言って「ルーズなだけのシューズ」と思います。足を入れたらどこにも当たらないでほしいとか、足がシューズの中で自由に動いてくれるとか言う人もいますが、それではシューズに足を守ってもらうなんてことは不可能です。

もっとも肝心なのは「踵部をしっかりホールドすること」です。いくら幅広といっても、踵部の幅が以上に広いという人はめったにいません。そこで、踵はしっかり包んであげて、シューズが足を守ってくれているという感覚を得られるようにすれば、ガバガバし感じではなく、ちゃんとフィットしたワイド設計ができると考えたわけです。

これによって、足はシューズの中の「あるべき位置」にきちんと納まり、安全性が確保されるわけで、つま先周辺に空間を設けても不安感が生まれません。また、ワイドを求めるプレイヤーは、つま先部分に「柔らかさ」を求めるもので、プリンスシューズ企画部隊は、硬すぎず、柔軟な感覚があって、しかも耐久性が高くなる設計を実現するため、つま先部を覆う樹脂(RPU=ラバーポリウレタン)の設計・試作を何度もやり直しながら追求したそうです。

戦闘用バトルブーツを追求するのは、開発側が覚悟を決めさえすれば、はっきりした方向性が見えてきて、そこへ向かって突き進めばいいわけですが(その結果が【ツアープロZ】)、柔らかさ&サポート性能を同居させるというのはとてもむずかしく、そのバランスポイントをどこに設定すべきかが、なんとも大きな鍵となるのですが、この【ワイドライト】では、しっかりホールドすべき部分と、楽さを感じさせる部分を分けて考えたことで、絶妙な落としどころを発見したように思います。

これまでのワイド設計のシューズに対する筆者の感情は、正直言って「イージーに作りすぎてやしませんか!」でした。ワイドということに対して、ここまで真剣に考え、実直に取り組んでいる企画者たちには感銘さえ覚えます。
「やるじゃないか、プリンス!」

クッションは大丈夫なの? 雰囲気は重厚なのに【ライト】って?
〜「履いたら安心」「履いたら軽い」を体感してください〜

楽なシューズを求めるライフスタイル型プレーヤーの要求は、幅広だけではありません。クッション性も重要だと考えるため、この【ワイドライト】シリーズでは、ミッドソール&インソール&インナーソールの3段構えのクッション機構で衝撃感をなくしてあげながら、できる限りのムダを削って、ライト設計に取り組みました。

問題は、その軽さなんですが、【ワイドライト】は、26.0cmで「約330g」あります。世間の超軽量を謳うテニスシューズには、300gを下回るものもあるため、「なんだよ! 軽くないじゃないか!」と眉をしかめる方もいらっしゃるかもしれません。でも、ちゃんとした安全性を確保して、安心感のあるシューズを作るためには、それなりの素材と構造が必要であり、軽ければいいというわけにはいかないのです。

では、なぜ【ライト】と名付けたか?
それは、ワイドには希有なフィット性能のおかげで、軽く感じることができるからです。お疑いならば、ぜひテニスショップでお試しください。そうしていただければ「あれっ? 本当に330gもあるの?」と、きっと感じていただけるはずです。もちろん330gはそれなりに軽量なんですが、体感重量はもっと軽く感じられます。軽いと感じれば、フットワークは軽くなり、これまでよりもはるかに動きやすいと感じられるはずです。

さて、開発スタッフが執着したのは、基本理念と設計・構造だけではありません。できるだけ多くのお客様に使っていただけなければ、商品として成功とは言えないからです。ですから徹底したマーケティングに取り組んだのだということです。

見た目はスッキリなのに、履いてみると「あっ、たしかにワイドだ!」
〜マーケティングから生まれた形状とカラーデザイン〜

BEAST
まず外観形状に悩みます。幅広設計を求める男性プレーヤーの多くは、パッと見た感じが「いかにも幅広」ということに安心感を得ます。しかし女性プレーヤーは、幅広なんだけど、外観的には細身に見せたいといく女心が働きます。ユニセックスモデルである【ワイドライト】の悩みどころですが、打ち出した解決策は「見た目はシュッと感じるように、ベタッとした広さではなく、つま先の内部空間に高さを作ることで余裕を生み出した」のです。これで幅広の男性にもしっかり対応できます。

さらにカラーデザイン……。
お客様が選ぶ際に重視するのは「ウェアとのコンビネーション」。派手なデザインのテニスシューズが増えていますが、マーケティング分析結果には明らかに「ウェアとの組み合わせを気にする」というプレーヤーが多いと表われていたのです。

そこで近年のテニスアパレルの傾向を調査したところ、男女とも、ネイビー系のパンツが増えていることがわかりました。プリンスは、単純なネイビーではなくて、シブく、落ち着いた色である「万年筆のインク」に着目し、「ブルーブラック」というカラーで発表。男性サイズには、誰にとっても違和感がなく、でもちょっとハイテク感のあるシルバーを組み合わせ、女性サイズには、このところ定番的に人気の高いピンクをマッチさせます。

デザイナーは、少しでも目立つようにと派手なスタイルを選びたがるものですが、それはショップ店頭でのこと。マーティングの結果が弾き出したプレーヤーの趣向は「テニスコートで自分にマッチするかどうか」でした。その点、プリンスは明確です。もちろん競技系では「めっちゃ派手」なデザインもありながら、この【ワイドライト】や、よりライフスタイルに近い【セントレコート】では、プレーヤーが「どう使いたがっているか?」でデザインしています。

さてさて、まずはテニスショップヘ行って、実物を見てください。一見、ワイドには見えなくても「履いたらワイド」を実感していただけると思います。「ちゃんとした……使えるワイド」の登場です!

松尾高司(KAI project)

text by 松尾高司(KAI project)

1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。 試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー